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半年前、彼女(47)の父は78歳で亡くなった。母に先立たれてわずか1年後のことだった。長兄(54)は高校の教頭、次兄(49)は大手メーカーのサラリーマン、妹(44)も学校の先生をしており、母の亡き後、父の世話は近くに住んでいる専業主婦の彼女が担ってきた。
葬儀の2週間後、4人が実家の居間に集まっていたときだった。長兄が切り出した。
「財産をどう処理するか、話しておかないか。預金はいくらあるのか、お前、知っているだろ?」
「お父さん名義の預貯金は全部で3500万円くらい。不動産はこの家と土地、15年前と10年前に建てた賃貸アパート2棟、千葉にある土地。それと生命保険金が2000万円。ただ、アパートを建てたときの借入金の返済がまだ残っているそうよ」
彼女は父の通帳や証書などを見ながら説明した。すると、次兄が言った。
「おれは不動産はいらないから現金を分けてもらえないか。子どもの教育費とか住宅ローンとか、いま大変なんだ」
「大変なのはみんな一緒でしょ。お兄さん、勝手なこと言わないでよ!」
下の妹が怒ったように言った。後でわかったのだが、ギャンブル好きの次兄は消費者金融からの借金の返済に追われ、現金を必要としていたのだ。
「借入金はさっそく処理しないとな。この家もバブルの頃に比べると半値かなぁ……」
教頭先生らしく実直に場を仕切っていた長兄が慎重な言い回しになると、次兄が強い口調で切り返した。
「全体の取り分が少なくなってもいいから、おれは現金をもらいたい。相続人なら自分の持ち分を主張できるんだろ」
「でも、借入金の返済はどうするの?」。彼女が次兄に尋ねると、「アパートの家賃があるじゃないか。今まで通りそれで払えばいいんだ。この家はお前がおやじの世話をしたんだからお前がもらえばいいんだよ」。
次兄は、彼女を味方にして話をまとめようとした。しかし、結局話し合いはつかずじまい。通帳と証書は、彼女が引き続き管理することになった。
この日以来、「現金を分けてくれ」と毎日のように次兄からかかってくる電話が、彼女を悩ませている。
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