なにが「体調に配慮」よ
 
彼女(31)は、中堅衣料メーカーに勤めて7年たった。ここ4年間は営業で、朝から晩まで駆け回ってきた。

  中学時代に父を亡くし、母が1人で彼女を育ててくれた。その母も60歳を超えて働けなくなり、代わって彼女が2人の暮らしを支えようと必死だった。
  ところが、4カ月ほど前から、過労のためにときどき不眠や立ちくらみに襲われ、不本意にも1カ月間、休職しなければならなくなった。

  会社の経営状況も、安い輸入品に押されて厳しくなっていた。新規採用の中止、役員報酬の削減などの対策を打ったが、とうとう人員削減に踏み切らざるを得なくなった。彼女の休職直前、40人の予定で、退職金を上乗せする希望退職の募集があった。応募者は32人だった。

  そんな折、彼女は復職。休んだ分を取り戻そうと意気込んだ矢先、上司に呼び出された。

  「体調はよくなったかい?」

  「ええ、もう大丈夫です。これから頑張ります」

  「無理はしないように。ところで、希望退職の募集は知っているだろ。きみはどう思う?」

  「どう思うって、辞めろということですか?」

  視線が合うと、上司はうつむき、腕時計を見ながら言った。

  「きみは若い。これからだ。体もまだ万全じゃないだろ。いずれ上層部は整理解雇に踏み切るとの意向もあるようだ。そうなると条件も悪くなるだろう。きみのためを思うとね……」

  思わぬ「戦力外通告」。呆然(ぼうぜん)とした。

  何かミスをしたか? 女性だから? 1カ月も休んだから?

  考えられそうな理由が頭の中を駆けめぐった。

  「考えておいてくれ」

  上司のその言葉から2週間後、彼女は営業から総務へ、異動になった。「体調に配慮した」が公の説明だが、総務での仕事はアルバイトでもできそうな書類整理。嫌でも悲観的な観測をせざるを得なかった。

  整理解雇のうわさが飛び交うなか、3人が退職した。新しい上司も引き続き退職を勧めてくる。条件の良い形で、いま辞めるべきなのか。しかし、先のことも決まっていないし、母に心配をかけたくもない。朝、自宅を出るとき、彼女は妙に胸が息苦しく感じられてたまらない。
 
 
退職の意思は絶対示さない

退職勧奨は、会社にとどまるのと、退職金上乗せなどの優遇された条件で退職するのと、どちらがよいかを社員に自発的に決めさせるのが建前だ。長期にわたる執拗(しつよう)な説得や、懲戒解雇などをちらつかせることは強迫になることもあるので許されない。ただ、整理解雇を予測させる発言は、それだけでは推測の域を出ないので、実際に整理解雇が実施されたか否かにかかわらず不当とは言いにくい。

  このケースでも、執拗に退職勧奨されても、辞めたくないのならば、退職の意思表示を絶対にしないことだ。労働組合があれば相談して交渉してもらったり、裁判所に地位保全の仮処分を申し立てたり、また解雇通知があれば裁判で争うなどの対抗措置をとることが考えられる。

  もっとも、会社内ではきつい立場に置かれることになるので、その会社にこだわりがなければ、交渉や裁判などで時間を稼ぎながら、並行して新たな転職先を探すのもよいだろう。
 
  筆者:大迫惠美子、籔本亜里