>つないだ犬が人かんだ
 
夕方、彼女(34)がいつも通り愛犬を散歩させていたら、向こうから体長60センチくらいの雑種犬が目をキョロキョロさせながら歩いてきた。首輪には引きひもがない。迷い犬らしい。

  犬好きな彼女は見過ごすことができなかったので、携帯電話で自宅にいる娘を呼び出し、2人で迷い犬を無事保護した。

  「可哀想だから、しばらくうちで預かろうと思うんだけど」

  帰宅後、彼女は仕事帰りの夫に相談した。

  「そうだな。うちのヤツは家の中だから、あのコは庭につないでおいたらケンカもしないだろう」

  飼い主が見つかるまでの間だが、もう1匹、「家族」が増えることになった。

  3日後、彼女が台所で片付けをしていると、外から犬のほえる声と男の子の悲鳴が聞こえてきた。あわてて外に出ると、庭で小学生の男の子が腕をおさえてうずくまっている。シャツのすそも少しちぎられていた。迷い犬が男の子の腕をかんだのだ。だが、迷い犬は庭の木につないだままになっている。

  「大丈夫? 血がいっぱい出て……手当てしないとね。でも、どうしてかまれたの?」

  男の子ははっきり答えなかった。彼女の家の庭は外の道路と仕切りを特別設けていないので、誰でも入ろうと思えば入れた。どうやら、男の子は庭でドッグフードを食べていた犬を発見し、からかおうとして近づいて来てかまれたらしかった。

  応急処置をしていったん帰したところ、30分もしないうちに男の子の父親が飛んできた。

  「どうしてくれるんだ! 大けがだぞ! 当然治療費は出してもらうからな。人間をかむようなそんな犬、さっさと保健所に出して処分してしまえ!」

  興奮している父親が一気にまくし立てた。確かに、かんだのはこちらが悪い。治療費は負担しなければならないだろう。しかし、あまりのヒステリックな物言いに彼女も切り返さずにはいられなかった。

  「治療費はわかるんですけど、そもそもこの犬は、庭につながれたままご飯を食べていただけですよ。けしかけたのはお子さんの方じゃないですか!」

  激しい口論を続ける2人の間で、当の迷い犬はおとなしくお座りをしていぶかしげにその様子を見上げていた。
 
 
相当の注意払って「保管」を

民法上、動物の「占有者」は原則として、その動物が他人に損害を与えた場合は損害賠償をしなければならない。ただし、動物の種類や性質に応じて相当の注意を払って「保管」していたと証明できれば、賠償責任を免れる。

  占有者とは所有者に限らず、一時的な飼い主も含まれる。このケースでも彼女は迷い犬の占有者に当たるが、問題は彼女が、通常予測できる程度の危険に備えた注意を払っていたかどうかだ。犬のいた場所と道路の距離、道路から庭への入りやすさを考慮しなければならない。子どもがよく通る道に面した小さな庭などでは、犬を見つけた子どもがすぐ入って来ることを予測できるといえるだろう。

  一般に、裁判になった犬の被害では、占有者の免責は認められにくい傾向にある。もっとも、被害者の側が犬をいじめて自分から被害を招いたという事情が証明できれば、賠償額の減額(過失相殺)はあり得る。
 
  筆者:大迫惠美子、籔本亜里