財産狙いと誤解する兄
 
1年前、彼女(33)の父(58)が交通事故で亡くなった。会社を早期退職し、大好きな畑仕事を第二の人生にと踏み出した矢先の出来事だった。退職を機会に父は母(59)の老後を考えて自宅を母名義にしていた。預貯金5000万円、土地と家屋の評価は8000万円あり、金銭的に母が窮することはなかった。

  しかし、父が突然いなくなったことは、母の心に大きな空白を生んだ。しばらくは気丈に見えた母も、時間がたつにつれ、1人残された寂しさとやりきれなさで元気をなくしていった。

  「お母さんのこと、心配だわ。私たちがお母さんを引き取って一緒に暮らすってどう?」

  彼女は夫(38)に提案した。

  「でも、このマンションは小さいし……」

  「じゃあ私たちがお母さんの家に引っ越すのはどうかしら」

  実家は18年前に建てられ、間取りにもゆとりがあった。大切に使われてきたので、傷みも少ない。夫はためらったが、お母さんのためならと了解した。

  ところが、彼女が兄(40)にこの話をすると、兄は猛然と反対した。「お前たちがどうしてあの家に入るんだ。何かたくらんでいるだろ」

  兄は彼女たちが母の財産を狙っていると誤解したらしい。父が生前、財産を母名義に移して以来、兄は実家の行く末に強い関心を持っているようだ。

  「お母さんが1人じゃ可哀想なのよ。うちへ来てもらうことも考えたけど、狭いし、やっぱり住み慣れた家がいいんじゃないかと思って」

  彼女たち夫婦には何ら野心などなかった。確かに、大手企業に勤める兄に比べれば、彼女たちの財産は少ない。だがそんなこととは関係なく、ただ、弱っていくお母さんの世話をできるのは自分たちくらいしかいないと思ったのだ。

  しかし、いくら話しても兄の不信感は消えず、らちがあかなかった。

  では、兄が母と同居するかと思えば、兄の奥さんが都心のマンション暮らしをたいそう気に入っているので、その可能性もないようだ。

  「おれがお母さんのことをいちばん考えているから、大丈夫だ!」。兄は何ら具体策もないのに、こんな無責任な言葉を繰り返すばかりだった。
 
 
生前贈与という方法もある

相続問題は遺言書や遺産分割協議書による解決のほか、生前贈与も検討に値する方法だ。これは財産の持ち主である本人が、生前に自分の意思を明確に反映させた財産分けをする。

  生前贈与はこれまでは基礎控除110万円が認められるだけだったが、今年の法改正で「相続時精算課税制度」が新たに導入され、特別控除2500万円までの贈与が非課税になった。結局相続時には贈与財産も合算されて相続税の課税対象になるが、子ども側からすると、経済的にサポートが欲しい比較的若いうちに財産を引き継げるメリットもある。

  このケースでも、母が長男に新制度を使って預貯金のうち2500万円を贈与するのも解決策の一つ。2500万円以上贈与したい場合は、従来の制度を何年か利用したあとで新制度を選択できる。ただし一度新制度を選択すると、もう従来の制度は使えない。長所短所があるので専門家に相談しよう。
 
  筆者:山上芳子、籔本亜里