住宅控除で500万円戻る?
 
部屋のなかを駆け回る9歳と5歳の息子を見ていると、10年暮らしてきた3DKの社宅も狭くなったなあ、と彼女(37)は思う。夫(39)は印刷会社のサラリーマンだ。

  新聞には、毎日のようにマンション販売の折り込み広告が何枚も入ってくる。「史上最低金利2.0%」「頭金8万円から購入可」「月々の返済がボーナス払いなしで12万円」。その1枚に目が留まった。70平方メートル弱の3LDK。今よりも1.4倍広い。価格は3500万円だ。

  年収は640万円ある。親からの援助と多少の節約をすれば、マイホームも夢ではない。彼女の頭の中で電卓がカタカタと音をたてた。広告を食い入るように見ている彼女に、隣から夫が声を掛けてきた。

  「『住宅ローン控除、10年間で最高500万円が返ってくる』とあるぞ。これは大きい。今年12月31日までに入居する人だけに適用だって。ということは、今のうちに買わないと500万円得しないのか?」

  これまで、彼女の新居願望に耳を貸さなかった夫も、最近は同僚が次々にマンションを買うことに刺激されているらしい。

  「ねぇ、今度の日曜日、モデルルームに行ってみない。いいでしょ、見るだけ」

  さっそく2人は3駅先のモデルルームに出かけた。

  「ローン控除、今が最終チャンス」という張り紙があった。彼女は「これは来年なくなるんですか」と営業マンに聞いた。

  「いえ、続きますが、6年間で最高150万円の控除へと縮小されます。再来年以降は今の段階では控除自体がなくなることになっています。購入されるなら、いまがお得ですよ」

  「買えたらいいなぁ」程度だった2人の背中を、「いまがお得」の言葉が、ぐいと押した。

  まず、自己資金として1000万円を集めて、35年返済ローンを組んで……。

  「概算ですが、月10万円くらいの支払いでしょうか。年間約120万円、決して無理な数字ではないと思えますが……」

  営業マンの答えに、彼女はさらに前のめりになった。

  「もう一度、お部屋を見てきていいですか?」

  ローンの試算表と部屋の見取り図を握りしめ、彼女はその場から離れられなくなっていた。
 
 
目の前の数字の意味考えて

住宅ローン控除が話題だ。「今年中の入居が条件。10年間で最高500万円還付」と宣伝されている。そもそも「今年中」という期限が延長される可能性もあるが、ここでは金額に気をつけたい。500万円は「最高」であって「必ず」ではない。

  還付額は、年末の借入金残高の1%、かつ自分が支払う所得税が上限になる。このケースだと妻は専業主婦、子どもは2人なので、所得税は17万円ほど。年末の借入金残高が2500万円あっても、還付額は25万円ではなく17万円になる。10年間の総額は500万円にほど遠い。

  当然のように設定される「返済期間35年」も要注意だ。39歳男性の年金受給は65歳から。60歳定年なら、その後も返済を迫られる。定年までの21年で払い終える場合は、金利2%の元利均等返済で、月々約12万円。管理費や修繕積立金、固定資産税も合わせると15万円にはなる。家は持てたが、老後資金は枯渇なんて事態は避けたい。
 
  筆者:角田圭子、籔本亜里