結婚ドタキャンの非情
 
彼女(32)は、目をそらす彼(33)に詰め寄った。

  「この1年間は、いったい何だったの?」

  自宅にやってきた彼が突然、婚約破棄を言い出した。結婚式まであと1カ月というのに。

  大手医薬品メーカー勤務の彼女は3年前、異業種交流会で、医療関係のコンサルティング会社に勤める彼と知り合った。すぐに、医薬・医療業界の内情の話などで盛り上がった。

  交際を始めて2年ほどたって、ある日のデート。帰り際、彼が彼女の腕をつかんだ。手に指輪を握らせた。ダイヤモンド!

  「ボーナス、はたいたよ」

  事実上のプロポーズだった。

  そのとき彼女は、結婚なんて考えてはおらず、イエスもノーも言えなかった。だが彼は「決まり」とばかりに、段取りをどんどん進めた。双方の両親に会った。結婚式場を予約し、仲人を頼んだ。新居も探した……。

  ぐいぐい引っ張られていくうちに、楽しさがわいてきた。気持ちも固まっていった。

  自分も貯金を崩して、式場の予約金をいくらか負担し、家具なども買い集めた。半年前、結納を取り交わし、あとは挙式を待つばかりだった。

  何度も理由を尋ねた。でも、はっきりした答えは返ってこない。1週間ほど悶々(もんもん)とした日が続いた。

  彼が携帯電話を忘れて帰っていたことに気づいた。それを手にとって、事情がわかった。

  「アナタともう1回ヤリナオシタイ♥」

  ある女性から、そんなメールが何度もきていた。いけないこととは知りながら、つい読んだ。相手は、3年前に別れた前の「彼女」だったのだ。

  彼とは連絡がとりにくくなっていった。留守電を入れたら、以前はすぐ折り返してくれたのに、何度かかけ直して、やっと返事をくれる有り様となった。

  「どうしようもないなぁ」と半ばあきらめかけていたら、驚くべき手紙が送られてきた。

  彼と彼の母親の連名。しかも、「結納金と婚約指輪を返して」「式場のキャンセル料も半額負担して」などと……。

  「なにこれ! こっちが損害賠償を求めたいくらいなのに」

  手紙を握りしめた彼女の手に、怒りと悔しさに満ちた涙がこぼれ落ちた。
 
 
婚約したら実現へ努力義務

結納は法律上、「解除条件付き贈与」とされる。このため、結婚をやめた場合には、原則として元の贈り主に返される。

  ただし判例では、結婚をやめた原因が結納を贈った側にある場合、返還請求は認められていない。婚約指輪や式場に関する費用についても同じだ。

  このケースでも、彼の側に解消の責任があるので、結納金や婚約指輪の返還、式場費用の支払いに応じる必要はない。

  婚約が成立すると、当事者には結婚を実現させる努力義務があると考えられる。正当な理由もなく、一方的に婚約が解消されると、解消された側は債務不履行(義務違反)として婚約のために要した費用(このケースでは買い集めた家具の費用)や慰謝料を請求できる。

  正当な理由かどうかは、相手側の行動や経済状態など具体的な事情をもとに判断される。このケースでも、別の女性との関係が婚約解消の主な原因ならば、損害賠償も請求できる。
 
  筆者:籔本亜里、山上芳子