「出て行け」というの?
 
金融機関で課長職の彼女(40)は3年半前、東京都内の中古マンションに引っ越した。家賃12万円。独り身には、支払いは楽じゃない。だが、人員削減の影響で1人当たりの仕事量が増え、あまりに忙しい。職住接近で体の負担を減らしたかった。

  このマンションの管理会社が「家賃を次回の契約更新時に値上げしたい」と連絡してきたのは半年前。デフレ下というのに、一気に2万円増の14万円。値上げ率はおよそ17%である。

  「どうして? 建物だって築10年以上と古いのに」

  管理会社は、そばに地下鉄の駅ができて、周辺地域の賃貸を探す人が増えたためという。

  「大家さんの意向です。周辺物件の家賃も徐々に上がっており、了解してもらえませんか」

  それから半年、家賃交渉は平行線をたどった。彼女はいっそのこと、もう一度引っ越しをしようか、とも考えた。でも、いまの部屋よりいい物件はすぐには見つからなかった。

  とうとう2年契約の更新時を迎え、管理会社が新しい契約書を持ってきた。しっかり、家賃14万円、2年契約と記されていた。腹だたしい思いをぐっとこらえて、彼女は言った。

  「このへんの不動産屋さん回ってみたけど、同じクラスの賃貸の相場は、せいぜい13万円程度よ。2万円もの値上げなんて、どこに根拠あるの?」

  管理会社の男性は、当惑しながら答えた。

  「でも、ここは立地が良いし、お客さまの部屋は東南向きで日照を遮るものもないですよね。そのあたりを考慮すると、妥当な額ではないでしょうか」

  話し合いは物別れに終わった。ただ、更新期がきている以上、家賃を払わないでいると、何を言われるかわからない。彼女は翌日、いつものように12万円を大家の口座に振り込んだ。

  ところが、その4日後、彼女のもとに現金書留が届いた。送り主は大家。なかには12万円が入っていた。振り込みを拒絶した、ということのようだ。

  管理会社に問い合わた。

  「大家さんは、値上げに応じてもらえないなら契約を解除して、出て行ってもらっていい、と言うんです。それもどうかと話しているんですがね」

  彼女は、ゆっくり眠れない日々が続いている。
 
 
家賃値上げ、正当性問おう

借地借家法では、経済情勢の変化に応じて、大家(家主)は借家人に、一方的に家賃の増額を請求できる。土地、建物価格が上がったり、周辺の条件の似た物件の家賃より割安になったりした場合だ。

  ただ、増額は客観的に相当な額でなければならない。増額に応じないという理由では普通、契約解除はできず、当事者間で協議がととのわなければ、一般に、大家が家賃増額の調停か訴訟を起こす。裁判確定までは従来の家賃を払えばいい。大家が受け取らない場合、法務局に供託すれば、賃料不払いを理由に契約を解除されることはない。

  また、契約解除には正当な理由が必要だ。裁判所が、建物使用に関する大家と借家人の必要性をてんびんにかけ、建物の現況や立ち退き料なども考慮に入れながら判断する。

  このケースでは、17%値上げの根拠は薄いと思われ、家賃を上げられるとしても、そこまで大きな幅にはならないだろう。
 
  筆者:本橋美智子、籔本亜里