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タンスの上に飾られた父の写真を見て、彼女(45)はため息をついた。「うちって、全然お金がたまらない家庭よね」
2人の弟たちは黙りこくっていた。めっきり老け込んでしまった母(66)は「お父さんならやりかねないわね……」と、つぶやいた。
元気すぎるほど元気だった父は半年前のある朝、急性心筋梗塞(こうそく)で帰らぬ人となった。70歳だった。
30年前に鋳物販売会社を起こし、西日本の中小企業を飛び回ってきた。とにかく気前のいい人で、稼いだお金は友人や取引先の人たちと食べたり飲んだりして、あっという間に消えた。
「つきあいが大事なんだよ。誰だって1人じゃ何もできないんだから」
それが父の口癖だった。
1カ月前、ある金融業者から2千万円の請求通知が舞い込んだ。父は3年前、友人の会社の借金の連帯保証人になっていた。その会社が倒産したため、取り立てがきたのだ。父が連帯保証人になっていたことを母は全く知らなかった。
「ご本人が亡くなられても、連帯保証債務は相続人である奥さんやお子さんに相続されますので、ご請求させていただきます」
訪ねてきた業者の男は、当然といわんばかりだった。
彼女たち家族は、うろたえた。それぞれ独立し、家庭を築いているが、みんな暮らしは楽ではない。
長女である彼女には子どもが2人おり、夫(50)は中堅電機メーカーのサラリーマン。安定している方だが、昨今のリストラブームで先々の不安がよぎる。コンピューターのエンジニアである弟(43)は、5年前に友人と一緒に会社を立ち上げた。ITブームが去った最近は、結構たいへんで、妻と娘2人の暮らしを支えるのに精いっぱい。末の弟(39)は3年前に結婚し、子どももまだ小さい。
2千万円もの大金を、この家族からすぐには出せない。それに、病弱な母が1人残される事態を、だれも真剣に考えていなかった。これから母の面倒を、だれがみるのか。
残された母と多額の借金。
突然の難事に、彼女と弟たちは実家のテーブルを囲んで、ただただ頭を抱えている。 |
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