「妻のおかげ」忘れたの
 
キッチンのカレンダー見るたびに、彼女(55)はつぶやく。

  「いいかげん、こんな生活変えなきゃ……」

  結婚して30年。息子2人も独立し、建設会社で経理部長を務める夫(59)と2人暮らしだ。

  夫は外面(そとづら)がよく、みなから慕われてきた。家に深夜、酔っ払った部下を連れてきて、どんちゃん騒ぎをする。眠い目こすって、「お客さん」の世話をし、夫をじっと支えてきた。

  ところが夫は、彼女に対して年々冷淡になっていた。給料が振り込まれる預金通帳は夫が握る。バブル全盛期、夫の収入は結構あったようだが、生活費はそのときもいまも毎月18万円と、ぎりぎりしかくれない。子どもの教育費や夫の酒代のために足りないと言うと、「お前、誰のおかげで食わせてもらっているんだ!」と大声で怒鳴る。

  この3年ほどで夫の収入は激減した。彼女は、生活費の足しにするため、パートに出る時間が長くなった。それでも、買い物、食事の準備、家の掃除などはこれまでどおりだから、最近はかなり疲れを感じる。

  でも夫は、家にいるときはテレビを見ながら横になっているだけ。少しは手伝ってほしいのに、見て見ぬふりをしているのだから、たまらない。

  しかも、あと1年で、38年勤めた会社を定年。そのまま家にずっと居られると思うと……。

  「離婚したい」。そんな思いが沸々とわいてきた。

  母や姉に何度か相談した。だが、いたたまれぬ思いが十分伝わらず、「気持ちはわかるけど、年とった夫婦なんてそんなもんよ」と言われた。

  これまでも離婚を考えたことがあるが、子どものことや周囲の目が気になるし、収入がほとんどないので、独りでやっていく自信がなかった。

  夫が通帳にいくら蓄えているのか、離婚したらいくらもらえるのか、はっきりとわからない。年金だって、夫は厚生年金が25万円余もらえるはずなのに、彼女の方は国民年金で7万円に満たない。

  「でも、このままではイヤ。あとはタイミング。来年には、夫に退職金が2500万円入るらしいから、いくらかはもらえるはずだし……」

  今月もまた、彼女はカレンダーを1枚めくって、自分の気持ちを確かめた。
 
 
別れた夫の退職金もらおう

離婚の際、夫婦の一方は、財産の名義にかかわらず、相手に財産を分けてもらうこと(財産分与)を求める権利がある。夫婦は互いの財産形成に潜在的に貢献したと考えるからだ。

  分与の基準について、民法には一切の事情を考慮して家庭裁判所が定めるとあるが、原則2分の1と認める例が多い。退職金は賃金の後払いという性格があり、将来受け取る場合であっても財産分与の対象だ。

  このケースでは、2500万円を勤続年数の38で割り、結婚年数の30をかけ、それを2で割れば約987万円となる。原則的にはその程度請求できる。

  夫の年金額の半分を、妻が亡くなるまで支払うよう命じた判決もあるが、夫が亡くなると妻は年金を受け取れなくなるのが問題だ。年金の分割制度は国が検討中だ。現段階では、離婚時に夫が将来受け取る年金の何割かを、妻の老後の生活保障としてもらうことを取り決め、公正証書に残すのも一つの手だ。
 
  筆者:本橋美智子、籔本亜里