スペインへ移住したい
 
中堅の貿易商社に勤める独身の彼女(49)は、退職後はスペインで暮らそうと決めていた。海外の食品輸入のために何度もヨーロッパに出張し、なかでもスペイン南部の温暖な気候と素朴な料理のとりこになっていた。1日に5食は食べ、まるで食の合間に仕事をしているかのようなスペインの人々の陽気な気質も気に入っていた。

  ここ数年は休暇のたびに出かけ、現地の料理研究家からスペイン料理も教わった。今では週末に自宅に友人たちを招いてパーティーを開くほどの腕前だ。

  スペインに、年金生活者の移住を認める「リタイアメントビザ」(退職ビザ)があると知った彼女は、数年前から退職後の移住プランを練っていた。このビザは、母国で一定以上の年金を受給し、スペインに居住場所を確保していることなどが条件だ。

  彼女の場合、60歳で退職した後、年金を満額もらえるのは65歳から。そこで、まずは退職金で現地に不動産を買って日本とスペインを行き来し、65歳になったら本格的に移住しよう、と考えた。ひとりで暮らす東京郊外のマンションのローンも間もなく終わる。

  ところが、このプランの軌道修正を迫られつつある。会社の業績は年ごとに悪化し、給与は実質的に減り続けている。上司は「デフレだから仕方がない」と繰り返すだけで、最近は早期退職までほのめかす。彼女は、気持ちの乗らない忙しさのなかで、自分が枯れていく不安を感じ始めた。

  いっそのこと移住計画を前倒ししようか、とも思う。

  年金を受け始めるのは、早くて10年先だ。それまで、リタイアメントビザは取得できない。いま行くなら、現地での仕事を確保しなければならない。そのためには、労働ビザも要る。住居はどうするか。スペインの複数の友人に相談してみた。

  「スペインの一部では最近、不動産価格が上がっている。将来、移住するなら今のうちに購入した方がいい」。答えは、みんな似ていた。

  今なら早期退職金で十分な広さの部屋も買えそうだ。仕事も日本食レストランなどにあてがあると言ってくれる。

  50歳を前に迎えた大きな転機。彼女は人生の後半をどこでチャレンジするか、真剣に考えている。
 
 
周到な資金計画を立てよう

リタイアメントビザは、国ごとに呼び名も、取得条件も違う。数年ごとに変更される場合が多いので、注意が必要だ。

  一般に永住権付きはまれで、長期滞在用がほとんど。現地の銀行に一定額以上の預金がある、一定額以上の年金収入がある、さらに「現地で仕事をしない」などが条件の場合が多い。

  彼女は、住居も購入して本格的に移住する計画だが、家を買うのは、現地に暮らし始めてからでも遅くはない。実際に海外で暮らしを始めると、思ったような仕事が見つからず、収入が激減することも多いからだ。

  ちなみに、日本国内で持ち家がある場合は、60歳以上の女性1人の生活費は月額15万円くらいかかる。これが、海外ではどうなるのか。将来の年金額も視野に入れて、目標とする生活レベルや、各国の物価も考慮したうえで、周到な資金計画を立てておきたい。
 
  筆者:甲斐洋子、籔本亜里