|
「2人の子どもも小学生になるし、そろそろ家を買っておきたいんだ」
東京都内で社宅住まいを続けていた長男が、そう言い出したのは、10年ほど前のことだ。彼(71)がサラリーマンを定年退職して1年ほどが過ぎていた。
定年で、彼は退職金2200万円を受け取り、うち1500万円を大口定期に、500万円を郵便貯金に預けた。当時の利息は3%をまだ上回っていて、利息で慶弔費くらいはまかなえるだろうと思っていた。
長女も結婚して家庭を持ち、独身の末娘も就職と同時に家から出ていっていた。「賃貸で過ごし、いずれこの家に帰ってくればいいじゃないか」と言いかけた言葉をのみこみ、家を建てるのも男の甲斐性(かいしょう)かもしれないと、彼は長男に同意した。
とはいえ、都内で一軒家となれば、ローンの負担は重い。少しでも助けてやりたいと、お祝い金を300万円用意した。同時に、「これは貸してやる」とだけ言って、別に500万円を渡した。長男から貸してほしいと頼まれたわけではない。親心から出た金だった。
借用書もなく、返済についての約束は一切ない。が、長男とて、借金という認識はあるはず。そのうち少しずつでも返してくれるだろうと思っていた。
しかし、一銭の返済もないまま10年が過ぎた。長男家族が正月に来るときは、お年玉もくれるし、誕生日、父の日もきちんとプレゼントをくれる。けれども、500万円については触れない。彼も、なんとなく催促しにくい。
正直なところ、いまは返してほしいと切実に思っている。この10年で定期預金の利息はあってないものになってしまった。一方で、孫の入園、入学、お年玉、おいやめいの結婚、親族の不幸など慶弔費は、思ったよりもかさんでいる。年間50万円以上になることもざらだ。
先月には末娘が結婚すると言い出した。また100万円単位で金がかかる。長女一家も家の購入を考えているらしい。年金は減り、保険料の負担がこの先重くなるという。夫婦ともに元気だし、家族関係も悪くないのだが、将来の金銭面が不安でたまらなくなるときもある。 |
|