東京で暮らす彼女(48)の夫(53)が、田舎から自分の父親を呼んだのは2年前のことだ。若いころ勘当されて、家を出た夫は、田舎に残った弟夫婦に父を任せていた。ところが、「おやじをそっちでみてほしい」と弟夫婦に泣きつかれたのだ。
今年90歳になる父は、つれあいを失ってから痴呆(ちほう)症が進み、親類や知人宅にあがって、夜更けまで居たりするようになった。弟夫婦の家には苦情が絶えなかった。
「介護施設に入れたいが、こんな田舎では人目がある。そちらで適当な所を探してもらえへんやろか」
それまで任せっきりだったので、彼女と夫は、施設が見つかるまで父を預かることにした。父の住民票も移し、年金も入るようにしたので、とりあえず金銭的な負担はなかった。しかし、父は知り合いのいない都会暮らしを好まず、何より勘当した息子の世話になるのをいやがった。1カ月もしないうちに、自分から田舎に帰ってしまった。
困った弟夫婦は、今度は東京でも田舎でもない土地に介護施設を見つけ、そこに入ってもらうことにした。施設を嫌っていた父も、そこはまあまあ気に入ったようだった。
「兄貴、悪いけど、入所費用を出してもらえへんか」
弟が見つけたのは最近できたばかりの完全介護の施設。費用は高額で、父の年金や保険を充てても月6万円足りない。彼女と夫は毎月、不足分を施設に振り込み続け、かれこれ1年半たった。結構重い負担に、感じるようになってきた。
ある日、父の顔を見に行くと、突然言われた。
「おれの通帳はどこや、どこや」
実は、父を一度預かったとき、貯金通帳について弟に聞いたことがある。「知らない」というのでそれっきりになっていた。父の様子を弟に話すと、「兄貴、僕を疑うんか? これまで僕が世話をしてきたやないか」と、ムキになった。
真意はわからない。もし通帳があるのなら、父の介護費用をそこから充てたいと、彼女と夫は悩んでいる。 |