「別れても払う人」なの
 
  半年前、彼女(45)は将来に大きな不安を抱えて、右往左往するしかなかった。私立大学で英語講師をしている米国人の夫(50)が、突然こう宣言したのだ。

 「僕はアメリカに帰る。このマンションは君にあげるし、慰謝料も養育費も払うので離婚してほしい」

 何のことだか、わからなかった。「どうして? 私が何をしたっていうの」

 夫は研究室で知り合った大学院生と5年も付きあっていた。その彼女がニューヨークに留学することになり、彼も一緒について行くという。

 夫とは20年前、彼女が商社を辞めてアメリカに留学していたときに知り合った。夫はカレッジの英米文学の講師だった。結婚すると、すぐに子どもに恵まれ、彼女は主婦として10年間、米国で暮らした。

 夫が日本で働くことになり、10年前から東京で暮らし始めた。貯金はたいしてなかったが、夫の両親の援助もあり、70平方メートルのマンションも購入した。何不自由ない平和な暮らしだと思っていた。なのに……。

 理不尽に思えたが、夫の意思は固く、どうしようもない。マンションをくれるといっても、夫名義のローンが3千万円は残っている。彼は払い続けてくれるのか。養育費を出すといっても、帰米してしまえば「無しのつぶて」になるのではないか。海外暮らしが長かったといっても、これまで働いた経験が少ない彼女は、どうやって食べていけばいいのか。わけもわからずに、老後を思って、年金保険のパンフレットを集め回った。

 母親に勧められて、役所の無料法律相談にも出かけた。しかし、ことの経緯を話しているうちに、あっという間に30分の持ち時間が切れた。少しは延長してもらえたが、根本的な解決策を見いだせるはずもなかった。

 泣き出したかった。でも、泣く力もなかった。

  彼とは何度も話した。マンションの所有権は彼女に渡すし、ローンは払い続けるから心配ないという。その言葉を信じていくしかないのだろうか……。
 
 


住宅ローンがネックで離婚できないケースが増えている。夫の誠意と返済能力を信じて自宅を慰謝料として譲り受けることは可能だ。しかし、名義も残ったローンの債務者も夫である場合、所有者は妻に変更されても、夫の支払いが滞れば、妻は自宅を手放さなければならない。慰謝料についての公正証書を交わしていれば、万が一のときに給料などを差し押さえられる。もっとも、誠意だけはあっても、夫に支払い能力がないと厳しい。自宅をいったん売却してローンを清算し、財産分与や慰謝料を現金で受け取るのも選択肢の一つだ。