高校の非常勤講師をしていた彼女(50)は、夫(60)と2人きりの楽しい老後を思い描いていた。子どもはいなかった。ところが2年前、大手メーカーを定年退職した夫が突然、脳出血で倒れた。夫は車いす生活になり、彼女は仕事を辞めた。
通院や介護の費用がかかり、彼女は生活設計を立て直す必要に迫られた。老後のマネープランや介護関係のセミナーの中で、彼女の心をひきつけたのが「タイ・ロングステイ」だった。
パックツアーでも移住でもなく、一定期間、腰を落ち着けて過ごす。物価水準は日本の約5分の1。月20万円もあれば、プール、サウナ付きで、車いすでの移動も楽なコンドミニアムで、メードを雇って暮らせるという。彼女の期待はふくらんだ。
「いきなり長期滞在ではなく、まずは観光ビザで、現地の様子を知った方がいいでしょう」
あっせんしてくれた旅行会社によれば、タイのロングステイの条件は240万円以上の預金か、1年の年金収入が同額以上あること。彼女たちは十分クリアできる。
「とりあえず半年過ごして、ダメなら帰ってくればいい」。彼女の提案を夫は了解した。介護ロングステイの一歩が、タイ・バンコクで始まった。
最初の4カ月は苦労した。思ったほど英語が通じず、メードとうまく意思疎通できない。頼んだものと違う買い物をされるなどで、意外な出費もあった。
「これじゃ日本にいた方がいいかな……。帰ってもいいよ」
日ごと神経質になる彼女に、夫が気を配った。
だが、タイ語を習った彼女は、タイ人の友人ができ、急に世界が広がった。ゆったりとした時間を楽しめるようになった。メードとのコミュニケーションもスムーズになり、夫の表情も明るくなった。
半年の滞在を終え、彼女たちはいったん帰国。東京にある自宅を賃貸するためだ。困難はあるが、彼女たちは、異国の地で3年間暮らすと決心した。 |