銀行の顔」をした証券
 
  「眠れないのよ……」

 昨秋、母からの電話で、彼女(38)は実家に向かった。母は3日くらい眠っていなかった。

 母は長年つきあいのあるA銀行に勧められて、投資信託を買っていた。それが、うまくなかった。昨秋の取引明細書には、投資金額4千万円が3100万円に目減りしたと記されていた。残高はひと月ごとに百万円単位で上下を繰り返していた。全体額の減少よりも、月々の増減が、母の神経を疲弊させていた。

 A銀行には、老後資金のつもりで6500万円を預けていた。だが昨年初め、訪ねてきた支店長と銀行マンの勧めで2千万円で投資信託を購入した。「立派な方たちね。長年つき合いのある銀行だから安全だわ」「株式ではなく、外国債券に投資するファンドだから安全らしいわよ」。母はそう言っていた。父には内証だった。

 その後、2人の営業マンが母のもとを再訪し、「銀行金利はしばらく上がらない、投資信託の方がチャンスだ」と言って追加投資を勧め、投資資金は4千万円になった。そのとき、最初に買ったファンドが元本割れをしている話はなかったという。

 昨年末、母はA銀行に解約を申し出た。だが、「いま解約するとみすみす損です」と言われ、一度は帰宅した。

 彼女が母のファンドをインターネットで検索すると、A銀行ではなくB証券会社のページが現れた。B証券会社はA銀行系列で、母はその関連でファンドを勧められていたのだ。「証券会社と知っていたら、もっと注意した。こんな大きなお金は預けなかった」。母はがっくり肩をおとした。

 その1週間後、母と一緒に銀行を訪ねると、奥の部屋に通され、支店長代理が出てきた。

 「あの時元本割れしていたのに、なぜ追加投資を勧めたのか一筆書いてください」

 彼女が迫ると、相手はこう切り返してきた。

 「奥さん、それは銀行員を一人クビにすることですよ……。自己責任なんですよ」

  10年待ってください、と銀行は言う。年老いた母に時間は貴重だ。そばに居てあげればよかったと彼女は悔いている。
 
 


銀行が扱う商品なら元本保証と思い込みがちだが、今では投資信託や変額保険など、元本が保証されない金融商品も数多く販売されている。銀行と証券会社の窓口が同じ建物にあったり、簡単な手続きで銀行預金が証券口座に移転したり、両者の垣根が低くなったことに注意したい。証券投資の値動きに神経が疲弊させられるなら、損を出しても解約し、安心を得ることも重要な選択肢といえる。