事業主のけがは「痛い」
 
  「あーっ!」。輸入雑貨の販売会社社長の彼女(35)は昨年夏、倉庫に使っていた会社の2階から下りる階段で、両手いっぱいに抱えた品物の箱もろとも転げ落ちた。

 階下にたたきつけられて、右腕の骨が折れた。一緒にいた社員も、左腕の骨折と腰の打撲という災難だった。

 アジア各国の個性的な骨董(こっとう)品に魅せられ、それを日本で売りたい、と6年前に起業した。

 女性の社員を5人雇って開いた店は、品物も好評。順調な経営が続いていた矢先の転落事故だった。

 「どうして、こんなけがを」

 入院した病院のベッドで、医師に聞かれた。

 「商品を運ぼうとして、足を滑らせてしまって」

 彼女も社員も、腕の骨折程度で済んだのは幸いで、入院は1泊で終わった。

 ところが、退院の際、思わぬことが起きた。1泊の入院と精密検査、骨折の治療で、2人とも同様な内容。だが、社員の治療費は全額、労災保険でまかなわれるので書類提出だけ。彼女は数十万円の請求を受けた。

 「社員の方は労災が適用されますが、事業主の方は適用がないので全額自己負担です」

 会計係にそう説明された。

 「私の健康保険じゃだめなんですか」と食い下がると、「法人で加入した健康保険は、業務外のけがが対象。今回の治療には使えません」。

 ベッドで何げなく医師に答えたことが、事業主である彼女にとって大きな意味があった。

 思い起こせば、会社設立時は事業資金をしっかり確保したいと思い、自分の保険のことなど真剣に考えていなかった。社員については労災や健康保険にすぐに加入したが、自分がけがをする事態など頭になかった。

 労働基準監督署に出向いて、「会社として労災に加入しているのに、私が使えないのはおかしい。社員と一緒だったのに」と尋ねた。答えは「そういう方、中小の事業主の人に多いんです。ただ、事業主には労災適用がないのが決まりなので」。

  あれから数カ月。けがは癒えた。高い保険料を払っているのに、自分は使えないという悔しさだけが、まだ続いている。
 
 


女性の起業が増えているが、法人の事業主が労災保険の対象でないことに気づいていない人が意外に多い。会社で労災保険料を払ううちに、自分の病気やけがもカバーできると錯覚してしまうようだ。中小の事業主が仕事中にけがなどをした場合の救済として、労災の「特別加入制度」がある。任意加入で、労災の窓口とは別の労働保険事務組合に出向く必要があるが、リスクヘッジとして利用を勧めたい。