夫の平手打ちが飛んだ
 
  「パパと一緒にいたくない」

 娘の言葉に、彼女(39)は家出を決意した。夫(42)の暴力に、もう耐えられなかった。

 夫とは職場結婚だった。仕事ぶりはまじめで、口数は多くないが、優しかった。

 だが、1年ほど前、幸せだった家庭生活が崩壊し始めた。

 中間管理職を任せられた夫がしきりに「きつい」と、こぼすようになった。帰宅はいつも深夜で、赤ら顔のことも増えた。出勤前も不機嫌だった。

 彼女には相談したいことがあった。私立中学に通う娘の教育費がかさんでいた。その上、病気がちの実家の母のもとに月に2、3度通うため、夫がくれるお金と彼女のパート収入では、やりくりできなくなっていた。ある晩、酔っぱらって帰ってきた夫に、彼女は思い切って言ってみた。たまっていたものをぶつけるように。

 「どこに行ってたの? 私だって苦労してるのよ」

 その瞬間だった。夫の平手打ちが飛んだ。続けてお尻を蹴(け)り上げられた。髪を引っ張られたはずみで、壁に頭をぶつけた。

 怖くなって福祉事務所に相談したが、「あなたにも落ち度はあるのでは?」と諭された。暴力は初めてだったし、まだ夫を信頼していたのかもしれない。

 だが、それから数カ月間、暴力はエスカレートし続けた。

 「お前、誰が食わしてやってると思ってるんだ」

 そのたび、彼女の顔や足は腫れ上がった。限界だった。知人に紹介された婦人相談所が、キリスト教団体が運営するシェルターを教えてくれた。へそくりの150万円と定期預金通帳を鞄(かばん)につめて、子どもと一緒に家を出た。

  彼女たちは今、シェルターから紹介されたアパートでひっそりと暮らす。当面の生活費は、パートの給料と貯金が頼り。経済的な不安は大きい。就職したいと思うが、扶養を外れる際に、夫に居場所が知られるのではないかと、怖くてできない。
 
 


DV(配偶者間の暴力)被害の相談は、福祉事務所、婦人相談所や警察署が窓口。相談員によって対応が違うこともあり、納得できるまでたずねたい。まずは情に引きずられず、別居することを考えましょう。経済的不安があれば、福祉事務所で生活保護の申請もできる。その場合、夫に照会する必要がないので居場所を知られることもない。最終手段は離婚だが、夫と直接話し合うのは危険。調停を利用しよう。