不便で重い2世帯住宅
 
  彼女(44)は、夫(45)と2人だけの正月を久しぶりに迎えた。昨年まで一緒に祝ってきた彼女の両親と、別々に暮らすようになって半年たった。「でも、あの2世帯住宅が売れて、せいせいしてるんです」

 すでにバブルもはじけとんだ8年前。「地価もそろそろ底ですよ」という不動産業者に背中を押されるように、東京都心の夫の勤め先から、西へ電車で1時間半のところに土地を購入し、一戸建てを造った。

 一級建築士に頼んで、廊下の段差をなくし、階段には手すりをつけた。還暦を超えて足腰が弱ってきた両親を呼び寄せた。土地も含め1億円超の費用も、「親子2世代にとっての終(つい)の棲家(すみか)と思えば」と割り切った。

 父に退職金などを出してもらい、夫婦の貯金とともに頭金にした。残り3千万円は夫が30年の住宅ローンを組んだ。

 だが、その後下がり続ける地価に「少し早まったか」。そんな思いをいっそう募らせたのが、一昨年の夫の賃金カットだった。ローンの返済がつらくなってきたうえに、往復3時間の通勤のせいか、夫がうつ気味になってしまった。

 夫の負担を軽くしようと、彼女は仕事を探した。会社経営の友人から誘いがあった。ただ、その仕事場は都内の東部で、通うには2時間もかかる。

 最初は同居を喜んだ母も、「やっぱり便利な、都心の近くがいい」ともらすようになった。郊外から出かけていくのは、老身にはおっくうだという。

 家族みんなにとって、この家が重荷になっていた。

 いっそのこと、売ってしまおう。そう思って見積もりを業者に頼むと、「せいぜい6千万円」という答えだった。

 大損をしてでも手放すのが賢明だろうか。彼女が頭を悩ます間もなく、両親は昨年夏、さっさと23区内にある老人病院に近いマンションに移っていった。

 がらんとした家の中を眺めているうちに、彼女の決心はついた。昨年暮れ、4500万円で売却し、都内中心部に一戸建てを借りた。

  今年は彼女も働きに出るつもりだ。「まだ若いんだから、将来設計を立て直せる」。2人でそう励まし合っている。
 
 


持ち家を安く売るのは心理的につらい。でも買い替えるのなら、新たに探す物件もまた、デフレで安くなっているじゃないか、といった前向きな気持ちが大切だ。買い替えで例えば5千万円の損が出たとすると、4年間所得税が軽減されるなど税制面で優遇措置を受けられる。また、年老いると持ち家にこだわりたくなるが、デフレ時代にローンを抱えるなら賃貸も良いのではないか。