みんな夫の名義なのね
 
  夫の経営する不動産会社が半年前、破綻(はたん)した。

 「おい、おれだ。連中から何か言ってくるか」

 自宅のマンションに身をひそめた彼女(46)のもとへ、夫はしばしば債権者の取り立てのようすを聞く電話をかけてくる。

 ひそひそ声でこたえる。「居留守を使ってるから大丈夫。それより、どこにいるの?」

 何も答えず、電話は切れる。

 バブル経済のころ、夫の事業は順調に伸びた。おかげで、生活に困ったことは一度もない。マンションのローンも完済していた。

 ただ、バブルがはじけてからは、夫は何も言わないが、億単位の借金を抱えて厳しいらしいと感じていた。でも、まさか、つぶれるとは思わなかった。

 だから、「不渡りを出したから会社は終わりだ。おれも自己破産するから」と電話がかかってきたときは、驚きで慰めの言葉も出なかった。

 夫は妻の前から姿を消した。

 これから何が起きるのか。大学を卒業してすぐ結婚したので、働いた経験のない彼女には見当もつかない。確実に言えるのは、これからは夫を頼りにせずに、高校生の娘と生きていかなくてはならないということ。とにかく現金は手元に置いておこうと、とっさに思った。

 すぐに、いくつかの銀行をはしごして、分散してあった定期預金をすべて解約した。

  次に手をつけたのは、夫が契約し、自分が受取人になっている生命保険だった。
 
 


中小企業が融資を受ける際、多くは社長の連帯保証をとられる。だが、夫の会社が破綻しても、妻には借金返済の義務はないから、預金口座は夫婦別々に持っておきたい。一方、生命保険の落とし穴は死亡時の受け取り人が妻でも、あくまで夫の財産として扱われること。収入のない妻のものとするためには、年110万円の贈与は非課税であることを利用する手がある。夫などから毎年、いくらかの金を譲ってもらい、妻が契約者になって保険に入れば、夫の破産や離婚の際も自分の財産として解約できる。

 ところが、保険会社に電話すると、「契約者でないと解約はできない」の一点張り。印鑑と証書があっても受け付けてくれない。「夫と連絡がとれない」と訴えてもダメだった。

 マンションも夫名義で、会社の借金の担保に入っていた。生命保険証書とともに、管財人の手に渡ってしまった。倒産から3カ月後、彼女は実家に引っ越した。

  夫婦でも万が一に備えて、財産だけはきっちり分けておくんだった。そう思いながら、夫の安否を気遣う日が続いている。