私の仕事と私の母親と
 
  都内の会社に勤める彼女(39)は週2回、4600円のおむつセットを抱えて老人性痴呆(ちほう)症で入院中の母親(70)を見舞っている。先日、病院からそれとなく退院を勧められた。「お母さんに必要なのは看護ではなくて、介助なんですよねえ」

 退院したら、どうやって仕事をしながら母親の面倒をみればいいのか。そう考えると夜もおちおち眠れない。

 1年半前だった。勤め先から帰ると、母が風呂場で気を失って倒れていた。足をすべらせて転んだらしい。太ももを骨折していた。救急車を呼んだ。

 その後3カ月の入院生活で急にボケがすすんだ。

 父は4年前に他界した。兄弟もいない。自宅近くの病院に移して、世話をすれば何とかなると思った。が、甘かった。

 ひとつはお金の問題だ。要介護度は全面的な介助が必要な4と認定されたが、入院しているため、月額12万円の医療費に介護保険は適用されない。医療保険の高額医療制度でいくらか還付されるが、月33万円ある彼女の手取りでも、家賃などを差し引くと、いくらも残らない。

 時間的にも厳しくなった。見舞いのため、仕事を切り上げることもしばしば。3カ月の介護休業制度が法的に認められているとはいえ、言い出せる雰囲気ではない。交際していた男性との結婚話も遠のいた。

 このうえ、自宅に連れて帰ったら、きっと2人は共倒れだ。以前、外泊許可を得て帰宅したとき、彼女のいないすきに、外を徘徊(はいかい)し、おまけに台所で転んで足を骨折した。苦い記憶が脳裏をよぎる。

 同じように母親を介護している友人は、二つの医療施設で2カ月ごとに入退院を繰り返し、何とかしのいでいると言った。

  特別養護老人ホームに入れようと、市役所に相談したが、「順番待ちです」とそっけなかった。母にふさわしいホームがあるのかも分からない。そもそも、本当に介護だけで十分なのだろうか。退院の現実が迫ってくるのが怖い。
 
 


一般病院に入院した場合、多くは約3カ月で退院を勧められるが、在宅介護が難しいと、むげに追い出されはしない。良心的な病院なら、行き先が決まるまで入院を継続させてくれる。老人性痴呆症を抱えた今回のケースは、介護療養型医療施設に移すのが最善だが、数が少なく順番待ちが現状だ。この場合、事前に特別養護老人ホームに申し込み、入所できるようにしておくとよい。介護医療施設の退院後の行き先を確保しておくと、同施設にも比較的受け入れられやすい。介護保険法が定めた範囲のサービスの利用料と食費の平均は同施設で6−7万円、特養は約5万円です。