「103万円」の呪縛を解く
 
  彼女(46)は結婚20年。子どもは2人いる。半年前、電車に揺られていたとき、雑誌のつり広告が目にとまった。

 「専業主婦は最大の不良債権」

 なによ、これ。

 私はお邪魔虫ってこと? 記事の中身は想像できた。この不況下、手に職のない主婦を「お気楽」と揶揄(やゆ)しているに違いない。

 でも、夫たちを「社畜」にして、子育てや家事一切を女たちにまかせ、しかも「103万円の壁」といって、主婦をパート労働に押し込めたのは、いったいだれのせい?

 結婚後、初めて働きに出たのは9年前だった。夫の会社の業績が思わしくなく、賞与や残業手当が減ったため、事務の仕事で月10万円を稼いだ。

 その年の暮れ、夫の給与の年末調整用紙に、彼女の収入分を書いて提出したら、夫の会社の経理から電話がかかってきた。

 「103万円を超えており、配偶者控除が受けられません。特別控除も減り、所得税も高くなり、家族手当も減ります」

 働きすぎると世帯収入が減るなんてと思ったが、そういうもんなんだと自分を納得させた。

 その後は、パートに出ても、103万円を超えないようにした。当然、仕事の内容もごく簡単なものに限られた。

 が、3年ほど前からは、仕事が見つからなくなった。その一方で、高校生の長女が心臓病にかかり、思わぬ出費が重なったうえ、不況で夫の年収は550万円まで減った。

 新聞広告で時給900円の事務職を見つけたが、年齢ではねられた。その面接の帰り道に、あの広告に出くわした。

 「失われた20年」という思いが募った。103万円など考えずに働き、自立しておくんだったと思った。

 その後、半年かけて二級簿記の資格を取り、月7万円の事務に就いた。満足はしていない。「もっと充実した仕事につきたい。103万円を超えても、かまわない」

  失われた時間を取り戻そうと彼女の職探しは続いている。
 
 


日本の企業社会はこれまで、高い賃金で夫を長時間労働に縛りつけ、専業主婦には手厚い配偶者手当を出してきた。その結果、主婦は手当などの「恩恵」を失うまいと、「103万円」を意識し、自ら就労調整してパート賃金を低く抑えてしまった。配偶者特別控除の廃止が検討されているこれからは、103万円の呪縛を解くことが、当面の収入確保だけでなく、将来の自分の自立や生きがいにもつながる。対等な関係を築くためにも、家事や育児の分担も含めて、どういう働き方をするかを夫婦が協力しあって考えてほしい。