「お金よりも、時間や心のゆとりを大事にしたいんですよ」
看護婦の彼女(32)が4年余り前、都内の国立病院を辞めたのはそんな理由からだ。収入はいいが、3日おきの夜勤で、一つ年上の夫とはすれ違いばかり。体力的にもきつく、代わりに隣駅の診療所に勤め出した。
ところが2年後、夫が会社をやめると言い出した。リストラされる先輩たちを見て、学生時代にめざした公認会計士になりたいという。
マンションの家賃や保険、食費や光熱費、夫が通う学校の学費をあわせると、彼女の手取り22万円では、月々10万円を超える赤字になる。
でも、夫の夢をかなえてあげたい。1年たっても合格していなかったら、勉強を続けつつも定職にはつくと約束して、夫の申し出を受け入れた。
1年後。夫はハローワークに足を運ぶ日々だ。不況で、条件のいい仕事などない。貯金の目減りを補おうとした投資信託は逆に200万円も損をした。
ため息をつきたくなるような毎日が続いたとき、妊娠した。ぎりぎりの生活で育てられるのか戸惑ったが、夫は「2人で協力しあえば」と励ましてくれた。
夫は近所の塾で週3日だけ小、中学生を教えるアルバイトを見つけてきた。これなら勉強もできるし、育児を手伝える。が、出産を前に今度は彼女が覚悟を決めて言った。
「私、育児休暇を取るわ」
夫が家にいる時間が長いとはいえ、1年間は子どものそばにいてやりたかった。
赤ちゃんが誕生した今、収入は育児手当と夫のアルバイト代で月20万円に遠く及ばない。育児費用も加わり、生活費はますます膨れ上がる。
夫は今年も試験に落ちた。周りは気が気でない。「早く定職につきなさいよ」「子どもの将来をどう考えてるの」
そんな声を、「もうすぐ私が職場復帰するから」とかわしつつ、彼女は家計簿と通帳の数字をにらんで、どこを切りつめればいいか思案している。
だけど、ときどき考える。家族の夢を追いかける私たちって「そんなにわがまま?」 |